今さっき、自動車学校の申し込みをした。
自分にとって大変化が起こった瞬間だった。
気がつけば大学生活も4年目。
22歳の誕生日を迎えた。
当日は午後から友人のお宅に招いていただき、
ご家族でお祝いをしてもらった。
夕方までめいっぱいおしゃべりをして、
ワインをあけていただいて、バースデーソングも歌っていただいて、
たくさんご馳走になって。
温かくて、嬉しくて、本当にありがたかった。
いい誕生日を送らせてもらって、胸がいっぱいだった。
夕ご飯を頂きながら、お母様に子育てのお話を伺った。
その友達は私の尊敬するひとだったから、
どんな親御さんに育てられたのか、前から少し気になっていた。
小さいときのこと。受験のときのこと。大学に入ってからのこと。
お母様は目を輝かせて、隣の娘さんのことを
愛娘として、でも立派に成長した一人の女性として
その時のことを思い出しながら楽しそうに語って下さった。
お話に花が咲いてしまって、夜になって駅まで送ってもらった。
友達と話しながら歩いて、自分は本当に恵まれて育ってきた、
家族っていいなって思ったって話をした。
少しだけ、家族に会いたいと思った。
部屋について、母からの不在着信にかけなおした。
実家には4人そろっていて、
「あ、もしもし、今日はお誕生日おめでとう、体に気をつけてね。
じゃあお父さんにかわるね」
・・・
「あ、もしもし、お誕生日おめでとう、体に気をつけて。
じゃあお姉ちゃんにかわるね」
・・・
「あ、もしもし・・・」
って感じで兄まで一巡したら母に戻ってきて、
「体に気をつけてね」
「うん、みんなも。じゃあおやすみ」
で電話を切る。
だいたい毎年こんな感じ。
大学に入ってからはサークルやゼミのみんなに人生の節目を祝ってもらった。
お陰でたくさんの大切な思い出ができた。
今年はなんかいつもと違って、ちょっとしんみりした。
子どもって、親にとって本当に宝物なんだ。
“家族”って本当に温かくて、有難くて、かけがえのない存在なんだってこと。
大切なことを、友人とご家族に確認させてもらったからだと思う。
将来に向かって突っ走りそうになっていて、忘れそうになっていたことだった。
☆☆☆
高3の冬、授業が終わってすぐ東京に来た。
受験のためにマンションを借りてもらった。
上京するとき母に言われたのは、
「揚げ物と、運転だけはしちゃダメよ」ってこれだけ。
あとは4年間という条件で好きなことは何でもやっていいって言われてきた。
「お金のことは心配しなくていいから、体には気をつけなさい、
一人で暮らすのだから、お友達は大切にしなさい。」
って父からはこう言われた。
父が大変な思いでお金を稼いで、母に渡して
そのお金を使いたい放題にしてきた。
でも言われてきたことは守って、やりたいことは何でもやってきた。
料理も上達してないし、まだ免許も持ってない。
友達のことは、大好き。
でもなんか最近色んなことが重なって、高校のときまでみたいに
親の言うことに何かイヤだな、って思うようになった。
こないだ行ってきた山。
出会ってもう4年目の山小屋の管理人さんに、
2年連続同じことでこっぴどく叱られた。
あたしがまだ免許をもってないってことについて。
もう、あのオジさんには本当にきっつーく言われる。
カミナリが落ちるどころじゃなく、鬼のような形相で怒られる。
そんなんじゃ人間として生きてく価値ないぞ、
今まで何やって生きてきたんだお前、みたいな。
そんなの頭ではわかってるし、卒業までにとるし、って
なんか今まで何かと理由をつけて免許だけは避けてきた。
お金も時間もかかることだし、自分で貯めたお金は好きなことに
使いたいじゃんって、見て見ぬフリをしてきた。
でも、ようやく最近自分が進みたい道に気づいて、
やらなきゃいけないことがあるってわかった。
涙が止まらなくなって、ようやく気づいた。
今まで自分が免許を取らなかったのは、
親を悲しませたくないとか、迷惑かけたくないとか面倒くさい
とかそんな理由じゃなくて、
自分が両親から自立できてなかったからだってこと。
私の母は若い頃交通事故を起こした。
人を傷つけて、自分も深く傷ついた。
幸い大事には至らなかったみたいだけど、
今は亡くなった祖父に、被害者の方への謝罪をさせた。
それが心の傷になっていて、事故以来いっさい運転はしなくなった。
祖父が亡くなるときも、「車の運転だけは・・」って言ってたらしい。
私にも運転はするなって、これはもう小さい時から聞かされてきた。
うちは自家用車がなくて家族での移動はいつもタクシーだったし、
親が運転しなくても、運転手さんが他にいればいいんだ
自分は運転しなくていいんだってそういう発想で生きてきた。
だから今こうして自分の番がまわってきて、
なんか背負っていかなきゃならないことがあるってわかって反省した。
今まで、免許のことを口にすると電話口で母が悲しむのがよくわかった。
だからどうしてもって言えなかった。
でも今日テストが終わって、塾のMLもらって読んでいたら、
自分が恥ずかしくて情けなくなってどうしようもなくなってきた。
ひと泣きして決心して電話をかけた。
「どうしても取るの?でもね・・・」
ってはじめはいつもの調子だったけど、
「絶対必要だから取りにいくよ、絶対いるし今からとりにいくよ」
「うん・・・まあそうなら仕方ないね、頑張りなさい」
って案外、あっさり了解してくれた。言ってみるもんだ。
親のほうも、薄々気づいてたことかもしれないと思った。
やる気がないから出来ないんだ、その気になりゃ何だって出来るんだ
って、またもやあのオヤジの言った通りだった。
小屋では母のこととか口にしたくなかったけど、
切り離すべきところにいつまでもしがみついていたこと、
それが自分を束縛してきて損をさせてきたってこと、
管理人さんは見透かしていたのかもしれない。
免許をとることぐらい、他のみんなにとっては当たり前だし
別にたいした事じゃないんだと思う。
こんな話くだらないし、いいからさっさと取れよって。
でも、なんか私にとっては特別なことだった。
離れて暮らしているのに、精神的なものは依存しっぱなしだった。
何かをスパッて立ちきって、自分の存在がはっきりしてきた気がした。
すごく楽しみだし、自分の世界がわあって広がりそうな気がする。
だから、今は早く運転がしたい。
もう何ヶ月かしたら自分で運転して、ひとり立ちして生きて行くんだって
実感はわかないけど、もうそういうときに来ているんだと思う。
卒業も進路も決まったわけじゃないけど、
これでひとつ、なりたい自分に大きく前進できる気がする。